大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成3年(ワ)12835号 判決 1992年6月23日

原告 藤井武久

右訴訟代理人弁護士 松本廸男

被告 有限会社プラス企画

右代表者代表取締役 佐藤廣枝

被告 佐藤廣枝

被告 谷口栄男

被告全員訴訟代理人弁護士 高面治美

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告らは連帯して原告に対し、金三四七万九五八円及びこれに対する平成三年一〇月二九日から支払ずみまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

第二事案の概要

原告は、原告と被告らは共同してゴルフ場を建設するための準備を行っていたが、その解消に伴い、その費用を全額原告が負担するものと合意したが、右共同事業はいわば組合契約というべきものであるから、原告がその損失全部を負担する以上はその利益も原告に帰属するところ、被告らは右共同事業の唯一の利益である定期預金利息を取得してしまった。そこでまず、被告らは故意に原告が取得すべき右利息金を横取りして原告に損害を加えたとして、原告は不法行為による損害賠償請求権に基づきその支払を求め、仮に不法行為ではないとしても、被告らは、法律上の原因なくして原告帰属財産により利益を得、原告に損失を及ぼしているとして、予備的に不当利得返還請求権に基づきその返還を求めた。なお付帯請求は本件訴状送達が被告ら全員に到達した日の翌日以降の遅延損害金である。

一  争いのない事実

1  原告と被告らは、平成二年二月頃、共同して島根県益田市安富町にゴルフ場を建設するための準備事業、つまり地上げ交渉や諸官公署の許認可手続の前提としての事前協議等の事業を営むことを約した。

2  原告と被告らは、平成二年二月二二日、右共同事業の主体とするため、資本金を一億円とする益田ゴルフ開発株式会社を設立した。

3  右の資本金一億円の払込証明書を取得するための他に、地元の信用を獲得するために金一億円を預金する必要が生じた。

4  右3の合計金二億円は、被告有限会社プラス企画(以下「被告会社」という。)が原告及び被告佐藤及び被告谷口を連帯保証人として、平成二年二月一五日、朝日商事株式会社(以下「朝日商事」という。)から借り入れることにより調達した。右借入にあたり弁済期である平成二年五月三一日までの利息金一二〇〇万円を天引きされた。

5  右天引きによる不足金及び諸雑費に充てるために、原告及び被告らは、その頃、さらに山中治子から金一五〇〇万円を借りた。

6  原告と被告らは、4及び5の借入により調達した金員の内金二億円を次のとおり二口に分けて額面を各金一億円として益田農業協同組合(以下「益田農協」という。)に預金した。満期日はいずれも平成二年五月三一日とする三か月定期預金であった。

(一) 預金日 平成二年二月二一日

番号 一〇五五九一四-〇二九

預金者名 被告谷口

(二) 預金日 平成二年二月二七日

番号 一〇五五九一四-〇一九

預金者名 益田ゴルフ開発株式会社

7  原告及び被告らは、右定期預金を満期日に払戻を受けて、朝日商事に対する4の借入金を返済した。

8  原告及び被告らは平成二年七月二六日、共同準備事業を解消するに伴い、そのための諸経費等金二〇〇〇万円を原告が負担することと合意した(<書証番号略>。以下「本件合意」という。)。

9  被告らは、平成二年五月三一日、益田農協から右6の定期預金利息合計金三四七万九五八円を受領したが、現実に支払を受けたのは、これから源泉税を天引きした残金二七七万六七六八円であった(以下この定期預金利息金を「本件利息金」という。)。

二  争点

1  本件合意の趣旨

本件合意は損失の負担だけでなく利益の取得についても定めたものか。

原告は、原告と被告らとのゴルフ場共同開発準備事業についての合意は組合契約であったところ、その解消にあたり、その共同事業のための損失全額である金二〇〇〇万円を原告が負担することと合意し、利益の配分について定めなかったが、民法六七四条二項により当然に原告がその全部を取得すべきものであり、従って利益たる本件利息金は原告に帰属する、と主張したのに対して、被告らは共同事業が解消のやむなきに至ったのは、原告が嘘をついたのが原因であって、協議の結果、原告が被告らに対して金二〇〇〇万円を支払うことにより、その損害を賠償することにしたのであると反論した。

被告の主張は次のとおりである。

もともと原被告らが自らゴルフ場を経営することを目指していたのではなく、原被告らの共同作業の結果、用地の取得や諸官公署の許認可等の準備がととのったゴルフ場計画を極東ノート株式会社(以下「極東ノート」という。)が引き継いで建設して経営することが前提とされており、原告は被告らに対して、原告は極東ノートと密接な関連を有し、原告は極東ノートの意を体して(<書証番号略>)被告らとの共同事業にあたっているのであると称していたのであった。しかし実はそうではなく極東ノートが本件のゴルフ場計画を引き受ける考えがないことが後日になって判明し、原告の言明と違ってその前提を欠くことが明らかとなったために、本件のゴルフ場計画の推進を断念することとなった。そのため被告らは無駄働きをしたことになったし、それまでに諸経費等を支弁したことによって損害を被ったのであったが、それは原告の嘘が原因であったので、原告がこの損害を賠償することの合意が成立したのであった。

2  本件利息金の使途

被告らは、原告も承知の上で本件合意成立以前である平成二年五月三一日に、本件利息金を受領して、その全額を朝日商事に対する利息金残金として支払ったから<書証番号略>、もともと分配すべき利益はないし原告もこのことを承知の上で、さらに金二〇〇〇万円を支払うことを約したのであった、と主張し、原告はこれを否定した。

3  本件合意による原告負担金二〇〇〇万円は出捐済みか

原告は本件合意による原告の負担金二〇〇〇万円は出捐済みであると主張した。つまり原告は平成元年一二月二八日に被告らに対して、小野田市におけるゴルフ場開発に関連して金二〇〇〇万円を支払っていたが<書証番号略>、本件合意締結にあたり、小野田市のゴルフ場開発計画についても被告らは手を引くこととなり、それに関して被告らに対して金五〇〇〇万円を支払ったが、そうすると先に支払済であった金二〇〇〇万円は二重払いとなるので、これを本件の原告負担金に振り替えて充当することに合意して決済した、と主張した。

被告らはこれを否認し、被告らは、平成二年七月末頃、小野田市のゴルフ場開発から被告らが手を引く代償金として、極東ノートから金五〇〇〇万円の支払を受けたことがあり、また、平成元年一二月二八日頃、極東ノートから原告を介して、小野田市のゴルフ場開発に関する紹介料内金として金二〇〇〇万円の支払を受けたことはあるが、原告の出捐により金二〇〇〇万円の支払を受けたことはない、と反論した。もし原告が金二〇〇〇万円を出捐していないとすると、仮に原告が被告らに対して本件利息金相当額の請求権を有するとしても、相殺の抗弁が成立することになる。

第三争点に対する判断

証拠(<書証番号略>、原告、被告佐藤)により次のとおり認める。

一  本件利息金が朝日商事に対する後払い利息として支払われたとは認められないこと

朝日商事は金二億円の貸付けにあたり、弁済期までの利息金一二〇〇万円を天引きしており(争いがない。<書証番号略>)、これにより利息の支払は済んでいるから、さらに重ねて利息を追加払いしなければならない理由は見当らず、本件利息金から源泉税を差し引かれた手取り金二七七万六七六八円全額を朝日商事に対する後払い利息として支払ったとの被告らの主張は極めて不自然であって、そのような事実は認められない(<書証番号略>はいずれも本件訴訟提起後に作成されたものであって(被告佐藤)、しかしそのいずれの但書にも、「貸付金二億円に対する約定利息『残金』として」との記載があるが、尚更不自然であり、これを以て本件利息金が朝日商事に対する後払い利息として支払われたことの証拠とすることはできない。)。

二  本件合意の趣旨

原告は、原告が金二〇〇〇万円を負担すると定めた合意は、原告と被告らとの共同事業たる益田町のゴルフ場開発のための諸準備について要した「諸経費」である損失の全部を原告が負担することを定めたものであると主張し、それを前提として損失全部を原告が負担するのであるから、利益も全部原告に帰属すべきものだと主張する。しかしこの原告と被告らの共同事業のための諸経費が金二〇〇〇万円であったことを認めるに足りる証拠は存在しない。たしかに<書証番号略>の第2条の文言は「(原告と被告ら)で共同で開発していた島根県益田市及び六日市で施行していたゴルフ場開発における経費等は(両者)協議の上金二〇〇〇万円とする。その費用は全額(原告)の負担とする。」となっている。しかし「経費『等』」という語は実際にかかった損金として費用よりも広い意味を有する。右の文言は単純に、共同事業解消にあたり原告が金二〇〇〇万円を負担して出捐すべきことを定めたものであって、その名目として「経費等」という用語を使用したに過ぎないものと考えられる。被告ら主張のように、極東ノートが事業主体となると決まってもいなかったのに、原告がそうであるかのように嘘を付いていたのかどうかはさておき、いずれにしても原告と被告らの共同事業を解消するにあたって、単純に原告が金二〇〇〇万円を負担して出捐することを定めたのであった。とすると本件合意は組合たる性質を有する共同事業の損失の分担割合について、原告がその「損失」の全部を負担することを定めたものと認めることはできない。なお組合契約の損益の配分を決めるのであれば、通常は組合結成の当初の段階でこれを決めるべきであるのに、つまり本件で言えば共同開発準備事業の開始時又はそれから間もない時期で定めるべきであったのに、本件合意はその解消に際してなされたものであるが、このことは損失と利益の両方の分担又は分配を定めたものでないことを裏付ける。さすれば本件合意は損失の分担割合について原告がその全部を負担すると定めたものであることを前提として、利益の帰属割合についても同様にその全部が原告に帰属すべきものであるとする原告の主張は、その前提を欠き失当である。

被告らが本件利息金を受領したことは事実であるし、被告らがこれを以て朝日商事に対する利息を支払った事実は認められないが、原告は、本件合意の解釈を根拠とする他には、本件利息金が原告に帰属することの根拠を主張していない。とすると本件利息金の帰属者が原告であると認定することはできないから、これが原告に帰属することを前提とする不法行為又は不当利得の成立を認めることはできない。さすれば原告が本件合意による負担金二〇〇〇万円を出捐したかどうか(相殺の主張)について判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。

(裁判官 高木新二郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例